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「外に女ができるのは嫁の責任」 と、、、

私が結婚したのは、21歳の時で相手は22歳という若い時でした。

 

 家を出て、地方都市で一人暮らしをしていた時に知り合って付き合うようになり、勢いもあったとは思いますが、早い段階で結婚を約束しました。

 

 付き合って半年を過ぎた頃、結婚する為に私は実家に戻ることになり、その後は一年半ほどは遠距離恋愛になりました。

 

 

 結婚して最初の一年半ほどは、二人だけの生活で喧嘩はしましたが、それなりに楽しく生活していたと思います。

 

 子供が産まれてすぐくらいに、夫の転勤が決まり、夫の実家での義父母との生活が始まりました。

 

 同居したことによって、嫁姑の確執、なにかと問題を起こし家族を巻き込む小姑の事、義父母との子供への関わり方の違いなどで、私はストレスが溜まっていきました。

 

 私は私は実家が遠くて、年に帰れても2度ほどで、友達もいなくて頼れるのは夫だった人だけでした。

 

 実家に戻った生活が始まってから、それまで子供の面倒や家事も手を貸してくれたのに、なにかと家を空ける事が多くなった夫。

 

 日頃の生活でストレスを溜めて行く私とそんな夫とは、いつしかお互いの言い分を喧嘩腰にしか言わないようになり、すれ違うようになりました。

 

いつしか給料も一旦はいれるものの、「俺が稼いだ金だ」 と、なにかと持ち出すようになって行きました。

 

 酒量も増えていき、お酒を飲んでは私の気に入らないところを見つけては、説教から始まり反論しようものなら暴力で押さえつけようとするのがパターンになってました。

 

 子供も3人できて、一人増えるたびに父親として自覚してくれるかと期待はしてみたものの、無駄でした。

 

 私との関係がうまくいかなくて外に女がいた事もありましたが、「外に女ができるのは嫁の責任」 と義父母にも責められるのは私でした。

 

 夜の夫婦生活も、拒否しようものならそれも暴力でした。

 

 夫から受けた暴力で、左手甲の骨折、首のムチウチ、腰を蹴られて一週間寝込むこともあったりしました。

 

 細かい事をあげたらきりがありません。

 

 子供がいるし、いつかは変わってくれるかとある程度我慢をしましたが、私の中での限度を超えたので、ある日突然末っ子だけを連れて、着の身着のままで飛び出して、片道600キロ離れた実家に戻りました。今日のお勧めサイトはこちら:効果が高い脱毛サロンについて